ゲーム人生

人生はゲームのように華麗だ。

評価経済社会は来ない。

人事の超プロが明かす評価基準 (単行本)

会社の社長が自社の社員に対して、仕事を頑張っていると褒めたところで、自社の社員は何にもうれしくないし、何にも得ることができないんだから、会社の社長は自社の社員のことを認めているのならば、自分の身銭をきって自社の社員の給料をアップしたほうが自社の社員はうれしいと思える。この揺ぎ無い事実から判断するに、人間の価値とはいうのは、会社からもらっている給料の額や、自分で稼ぎ出すことができるお金の額で決まるのと僕は思う。結局、どれだけ人に凄いって言われても、お金がもらえなかったら、何にも自分の人生は変わらないんだよね。今回は、評価経済社会は来ないをテーマにして記事を書いていきたいと思います。

ツイッターのフォロワーに価値はない。

ツイッターの大量のフォロワーにすごいと褒められたところで、自分がお金を儲けることができるわけでもないし、自分の夢をかなえることができるわけではないのだから、ツイッターのフォロワー数には何の価値もない。この事実に気づくと、ツイッターのフォロワー数が少ない自分には価値がないという思考を持つことがなくなり、自分のやるべきことに一生懸命取り組むようになる。

話が変わるけど、わけの分からんツイッターのフォロワーに褒められるより、自分の身近にいる尊敬している人に褒められたほうがよっぽどうれしいのだから、ツイッターのフォロワーに褒められても意味はないわな。

ツイッターのフォロワーが100万人いようが、 ツイッターのフォロワーが100人いようが、所詮は人間。

ツイッターのフォロワーが100万人いようが、 ツイッターのフォロワーが100人いようが、所詮は人間なのだから、ツイッターのフォロワーが100万人に到達しても、人間以上の存在になれない。この揺ぎ無い事実があるのだから、 ツイッターでどうでもいいことをつぶやいて自分の人生の時間を無駄にすることを辞めて、ツイッターでどうでもいいことをつぶやく時間を自分のやりたいことをやることに使おう。

最近思うのは、ツイッターで他人のツイートをみるのも疲れるし、自分でツイートをするのも疲れるし、ツイッターやるのって疲れるだけで何もいいことないんじゃないかっておもうんですよね。そう思ったら、ツイッターからログアウトして、オフラインの世界を思う存分楽しめばよいだけなんですけどね。

自分の評価は自分で決める。

自分の力で月収100万円稼ぐことができれば、自分の評価は俺は月収100万円稼ぐことができる人間だと自分で決めることができるので、他人に自分の評価を決められたくないと思っている人は、会社に頼らず、自分の力のみでお金を稼げるようになりましょう。それに対して、会社勤めサラリーマンの月収100万円は、会社のおかげで月収100万円稼げているに過ぎないと自分のこころのどこかで思ってしまうので、いつまでたっても自分の価値を自分で決めることができません。この二つの事実から判断するに、なんだかんだ会社勤めのサラリーマンは不自由だなーと感じますね。

youtubeのチャンネル登録者数=人間の価値にはならない。

youtubeのチャンネル登録者数=人間の価値ではなく、youtubeのチャンネル登録者数=よく分からん奴に好かれているだけなので、youtubeのチャンネル登録者数にはそんなに価値はないんだよね。それなのに、youtubeで大金を掴んだチャンネル登録者数の多い人間は、俺は凄い人間で視聴者は雑魚みたいな思考に陥ってしまっているので、youtuberって嫌な奴がおおいなーという印象を持ってしまう自分がいる。

youtubeのチャンネル登録者数が増えると、街中で変なやつに話しかけられたり、街中で盗撮されたりするデメリットがあるので、youtubeで有名になってお金を稼げることはいいことばかりじゃない。また、人気youtuberになると、自分の知名度に相乗りしようといろんな奴が擦り寄ってきたりするので、いろいろと大変である。

他人が凄いとかぶっちゃけどうでもいいし、他人よりも優れているとかもどうでもいい。

他人よりも優れていることにも何にも意味がないし、他人が凄いことにも何にも意味がないんだから、周りのことを気にすることを辞めて、自分がやらなければいけないことに全力をささげることが一番大事なんじゃないかなって思う。そうはいっても、他人を気にしている時は、他人を気にすることにとらわれすぎてて、ほかのことに目がいかなくなっているから、自分がやらなければいけないことを頑張ろうなんていう考えにいたることはないんですよね。
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最後に、

ツイッターのフォロワーやyoutubeのチャンネル登録者数を気にするだけ時間の無駄。